平成23年3月11日に発生いたしました東北地方太平洋沖地震につきましては、
被災された皆様に心よりお見舞いを申し上げます。
さて、震災後、ACジャパンのCMに以下の文が流れているのはご存知だろうか。
「こころ」はだれにも見えないけれど
「こころづかい」は見える
「思い」は見えないけれど
「思いやり」はだれにでも見える
―宮澤章二「行為の意味」より
初めて流れたときは、感銘を受けたような、心にじーんとくるものがあった。
さすがに、今は最初ほど、じーんとは来なくなった。
それは、きっと頻繁に流すからなのではないだろうか。
流し過ぎといっても過言ではない。
詩人・宮澤章二の作品「行為の意味」の一節の影響により、
現在Amazonの文学・評論ベストセラーランキングで1位にランクインしており、
急激に注目を集めているらしい。
この、一節から、私が思ったことを述べよう。
確かに、思いやりや心遣いの気持ちは誰でも持っているものである。
それを行動に移すことはなかなか簡単なようでとても難しいこと。
しかし、そのような気持ちは、思ってるだけではなく
「行為」になってこそ、初めて意味があるということに気づいてもらいたい。
そう、宮澤章二さんのメッセージにはそのような意味が込められているのではないだろうか。
今度、本を読んでみよう。さぁ、わたしも、あなたも。
日常生活において、「思いやり」や「心遣い」を起こさせるようなエピソードは、
ないようで、実はあふれているのかもしれない。
草食系になっている現代の社会に
まずは、「思いやり」や「心遣い」を抱くことから始めてみてはどうだろうか。
そこから、実践につなげるようなヒントを自分から得られるかもしれないし、
環境などによって起こさせ、そこから得られるかもしれない。
「思いやり」や「心遣い」も思うだけではなく、行動に移してこそ、
人は、成長できるものであると信じている。
たとえ、相手にとって、いらぬお世話だとしても、きっと自分にとっての経験値になるのだから。
突き放した相手も実は後悔しているのかもしれないし、もしかしたら、何か事情があるのかもしれない。
突き放しても、突き放されたとしても、人は、常に感謝する心を抱いてほしい。
//mivi//
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