2011年6月9日木曜日

コラムVol.158 【人間関係の不快指数と構築プロセスを考える】

梅雨は6月の代名詞となっており、かなり不快指数があがる時期でもあります。その「不快指数」について考えていたのですが、人間関係にも「不快指数」というものが存在するのでしょうか。

私は存在すると思います。

以前にも同じ事を書きましたが、まったく同じ人間は存在しません。
従って、価値観や考え方などは多種多様であると言えます。そんな中で人間関係を構築しようとすると不快指数がかなり上がる人と遭遇することは避けて通れない道でしょう。

「私はアイツが嫌いだ。だから、出来るだけ話さないようにしている」
「オレはヤツが苦手だ。いちいちオレの話の腰を折るからだ」
「あの人怖い・・・すぐにキレるもん」

といったような事は口に出さずとも、みなさん心で思ったことはあると思います。

よほど極端ではない限り、価値観や考え方が違うからといって切り捨てるというのも考えものかもしれません。というのは、自分にとって都合が悪い人というのは、逆に言えば、自分自身を成長させてくれる存在でもある可能性が高いからなのです。

嫌いだとか、苦手だとか、怖いとかの理由ですか?

それは、自分自身にとって都合が悪いからなのです。

自分自身の能力を否定したり過小評価しているのと同じです。


相手の想いや存在が自分の思惑や勝手な思いこみによって歪曲されているとしたら、それは非常にもったいないことです。

人間関係の正常な構築方法というのは、本気でぶつかってみることです。

そのためには、まず、自分の弱い部分を受け入れる必要がありますがね。

これが結構大変だったりします。特にプライドの高い人間や、変化をおそれるような人は・・。

2011年6月4日土曜日

コラムVol.157 【衣服の大切さ】

衣食住という言葉。
誰もが聞いたことがあると思います。

初めて聞いたのは、小学校の社会の授業だった気がします。
または家庭科だったかな?
忘れてしまいましたが、
人はその3つが無いと生きていけない、と教わった記憶があります。

着る物、食べ物、住む場所、
人にとって、生きるためには、どれも欠かせない大切なもの。

食べること、安心して暮らせる場所の重要さは当然ですが、
改めて衣服の大切さも、考えさせられました。

それはテレビで見た番組がきっかけでした。
アフリカの国で生活している女性、
妊婦さんや母親に、服への意見を聞いていくと、

着られれば何でも欲しい
赤ちゃんの身を守る為なら何でも欲しい
服の前にまず食べ物が欲しい
服を買うのは年に2回くらい

物が豊かな国とは違う服の意味。
それは、命を守る大切なもの。

その国では10人に1人の乳幼児が亡くなっているのだそうです。
マラリアにかからないように、蚊から身を守る為のもの。
昼間の暑さとは逆に夜の寒さから身を守る為のもの。

生きる為に必要な、大切な衣服。

ある有名な洋服の大手企業が行っている、
服のリサイクルを集めて、途上国や難民に渡している活動の様子がありました。

CSR(corporate social responsibility)
企業の社会的責任
というのだそうです。

ソーシャルビジネスという考え方で、決して支援だけを目的にしているわけではない。
現地の人たちの力を育み、共にビジネスパートナーとして成長していく。

共存共栄、という言葉が思い浮かびました。
そして、何だか、自分の日頃の支援の仕事についても考えさせられました。
支援というのは、ただ何かをしてあげるのが目的ではないし、
ましてや、それだけで、御本人の抱えている問題や課題を解決し、
環境が良くなることにはなりません。

相手の持っている力を尊重し、周りの資源を活用し、
いろいろな立場の人と協力しながら、連携していくことも
とても大切だなぁ、と日々実感しています。

話を服に戻しますが、
服の持っている力は、計り知れないなぁ、と思います。

着ている洋服の色や、形などで気持ちも変わったりしますよね。
スーツを着ると、びしっと気が引き締まるような気持ちになったり、
華やいだ明るい感じの服は、気持ちも晴れやかになったり、
下着も含めて、気持ちに影響する大切な役割を、服は果たしていますよね。

服って、とっても奥深いなぁ。
改めて、服の大切さに気付き、好きな服を着られることに感謝し、
明日からまたがんばろう!という気持ちになりました。

† Blue Luna †

2011年5月24日火曜日

コラムVol.156 【日々思うこと ~普通とは素晴らしいこと~】

あなたは、家族、友人などとの会話に何気なく
「普通」
と答えてしまうことはありませんか。


普通とは…
1.[名・形動]特に変わっていないこと。ごくありふれたものであること。
それがあたりまえであること。また、そのさま。
2.[副]たいてい。通常。一般に。
出典:小学館

普通・・・それは、日本人が非常に好む単語である。
日本文化の特徴である曖昧さに最もふさわしい言葉であろう。

誰もが、心の中で特別になりたい、他の人とは違う自分になりたいと願っているのではないだろうか。
そう思えるのは、自分が普通だからと感じているのかもしれない。

普通が悪いわけじゃない。普通が一番幸せなのである。
なんの刺激もない普通が一番良いのである。
当の本人だけが気づかないことがよくある話。
(※あくまでの私の考えであり、全ての人がそうあてはまるわけではないので、予めご了承願う。)

例えば、今日は、雨が降っていて、憂鬱になるけど、客観的に考えると、それは幸せなことかもしれない。
そう思う感情が働いているからであろう。
泣く日もあれば、笑う日もある。
それはあなたが生きている証。

そう、生きているだけでも十分幸せなことである。
あたりまえでいることが一番幸せなのである。


今日も、いつも通りの朝を迎えられる幸せに感謝♪

//mivi//
 

2011年5月21日土曜日

コラムVol.155 【環境変化は大きく心理的に作用する?】

私の現在の勤務地は汐留にあるとある高層ビルディングです。
そんな都会の中で仕事をしていると精神的にもちょっと
ワクワクしたりしてきますよね。でも、それも慣れてしまうと
ワクワク度が下がってきます。今日も集中力が欠けてきたので
思い切って1階まで降りて外にあるテーブルと椅子に座って
気分転換しながら仕事してみるとこれがまたいい刺激だった
ようで、ちょっとした環境変化を自分自身で作りながら仕事や
作業をしていくってことは、飽き防止にもなるのでお勧めです。
小さくはありますが心理的に自分自身を刺激するわけです。

でも、今日聞いた話では、ちょっと田舎の勤務地に今度異動に
なるとか・・・。プラスに捉えなくちゃいけないんですが、
汐留の雰囲気と大幅に違ってくるのがちょびっと不安・・・。
でも、環境変化で(良くも悪くも)刺激を与えると精神的にも
印象を残すことなので、記憶力が高まったり、生産性が高まったり
することが期待できそうです。

皆さんも小さな環境変化を作っていってみてはいかがでしょうか。
身近な所からいいと思います。トイレで集中力を高めてもいいし、
あえて階段を使って歩きながら集中力を高めたり、無心状態に
なるも良し。自分の中で普段と違った所で環境変化させてみると
ちょっとした面白い化学反応が起きるかもしれませんよ!?

/hero/

2011年5月3日火曜日

コラムVol.154 【ありがたい】

3月11日に起きました東日本大震災により被災をされた方々、そしてご家族、友人、知人の方々、心よりお見舞いを申し上げます。

この度の震災の影響で、電力の供給量が足りなくなる、との事で、輪番停電が各地で実施されました。

私の職場も住んでいる地域も、予告はあったものの、実施するには至りませんでしたが、
いつ停電しても大丈夫な様に準備していました。

そこで、いかに電気に頼る生活をしていたのだろう、と思い知りました。

まず、明かりがないと夜は部屋の中は真っ暗。
冷蔵庫も電子レンジもテレビもエアコンも洗濯機も使えなくなる。

炊飯器が使えないとお米も炊けない。
給湯器が使えないとお風呂も沸かせない。

水は大丈夫と思いきや、給水ポンプは電動だから水道水も出なくなる。
となると、トイレも使えない。

あぁ、こんなにも電気って私たちの生活に重要な役割を果たしてくれていたんだなぁ、
と改めて電気のありがたみを感じました。

と同時に、もしかして無駄に電気を使いすぎていないだろうか?
と自分自身の生活を振り返ってみたりしました。

最近では街もお店も公共施設も、節電のために取り組み、
エスカレーターを止め、照明も少なめにしています。

そういう光景を見て、子供も“節電”という言葉を覚えました。

電気だけではなく、ガスも水道も、食料も、生活用品も、みんな全て必要で、
それを自由に手に入れる事が出来て、使えているという事は、
なんてありがたい事なのでしょう。

被災地ではない地域で、一部の人が震災後に
スーパーで物を買い占めている様子がテレビに映し出されていましたが、
(何度も同じ映像を出していて、何だか煽っている様にも感じてしまいました…。)
困っている人の事を考えずに、自分さえ良ければ良い、みたいに
すぐに行動に表れる人もいるのだなぁ、
と人の欲、業というものを考えさせられました。

その一方で、支援の輪がどんどん広がっています。

私の職場でも、国からの要請を基に、地域の枠を越えて、施設の枠を越えて、
チームを組み、交代しながら、被災地での障害者施設等の支援にあたっています。

正直言って、自分の施設の人手も足りない状態なのに…と最初は思いましたが、
施設長自ら被災地に赴くトップバッターとなり、その姿勢と心意気に、
《困った時はお互い様》という、助け合いの精神の大切さを改めて感じました。

物の貴さも、
人の気持ちの尊さも、
なんてありがたいものなのでしょうか。

震災をきっかけに、いろいろな事を考えさせてもらっています。

今、何が出来るのか。
今、自分が出来ることを、
一つ一つでも、わずかでも、
心を込めて一生懸命やっていこう、
そう強く思っています。

明けない夜はない。
人は独りじゃない。
希望を持って、あきらめずに、一緒に進んでいきましょう。

†Blue Luna†

2011年4月7日木曜日

コラムVol.153 【日々思うこと ~行為の意味~】

平成23年3月11日に発生いたしました東北地方太平洋沖地震につきましては、
被災された皆様に心よりお見舞いを申し上げます。


さて、震災後、ACジャパンのCMに以下の文が流れているのはご存知だろうか。

「こころ」はだれにも見えないけれど
「こころづかい」は見える
「思い」は見えないけれど
「思いやり」はだれにでも見える
  ―宮澤章二「行為の意味」より

初めて流れたときは、感銘を受けたような、心にじーんとくるものがあった。
さすがに、今は最初ほど、じーんとは来なくなった。
それは、きっと頻繁に流すからなのではないだろうか。
流し過ぎといっても過言ではない。

詩人・宮澤章二の作品「行為の意味」の一節の影響により、
現在Amazonの文学・評論ベストセラーランキングで1位にランクインしており、
急激に注目を集めているらしい。


この、一節から、私が思ったことを述べよう。

確かに、思いやりや心遣いの気持ちは誰でも持っているものである。

それを行動に移すことはなかなか簡単なようでとても難しいこと。

しかし、そのような気持ちは、思ってるだけではなく

「行為」になってこそ、初めて意味があるということに気づいてもらいたい。

そう、宮澤章二さんのメッセージにはそのような意味が込められているのではないだろうか。




今度、本を読んでみよう。さぁ、わたしも、あなたも。



日常生活において、「思いやり」や「心遣い」を起こさせるようなエピソードは、

ないようで、実はあふれているのかもしれない。


草食系になっている現代の社会に

まずは、「思いやり」や「心遣い」を抱くことから始めてみてはどうだろうか。

そこから、実践につなげるようなヒントを自分から得られるかもしれないし、

環境などによって起こさせ、そこから得られるかもしれない。



「思いやり」や「心遣い」も思うだけではなく、行動に移してこそ、

人は、成長できるものであると信じている。

たとえ、相手にとって、いらぬお世話だとしても、きっと自分にとっての経験値になるのだから。

突き放した相手も実は後悔しているのかもしれないし、もしかしたら、何か事情があるのかもしれない。

突き放しても、突き放されたとしても、人は、常に感謝する心を抱いてほしい。


//mivi//

コラムVol.152 【心根を深く】

この度の東北地方太平洋沖地震により被災された皆様、心よりお見舞い申し上げます。


桜が花をつけると、

春がきた喜びを感じると同時に、

何か胸を衝く切なさを感じます。

日本人にとって春は、

『出会いと別れ』が心に染みこんでいる季節なんでしょうね。

この間、私の小学校でも卒業式がありました。

初々しく凛々しく卒業証書を受け取る子ども達の姿。

重なる歌声。

涙が溢れて止まりませんでした。

辛かったことも悲しかったことも、

嬉しかったことも楽しかったことも、

全部心の栄養にして、

心の根を強く深く張って欲しいです。

根が枯れなければ、

例え失敗しても、くじけそうになっても

何度でも花を咲かせ、

何度でも実を結ぶ事ができると

私は信じています。

みなさんも3月、

送り送られ、さまざまな別れがあったでしょうか。

『さよなら』は悲しいけれど、

寂しいと思えるのは

幸せなことです。

それは、別れがたいほど大切な人と

出会えた証拠なんですから。

『さよなら』は悲しいけれど、

『さよなら』することは

大切なことです。

別れはまた、新しい出会いにつながっていくのですから。

今月から私は、7年間いた相談室を巣立ち、

新しい職場からのスタート!

心9割は不安ですが、

残り一割の勇気を振り絞って、

笑顔満開!新たな子ども達との出会いを迎えたいです。

みなさんも、みなさんにしか生きられない人生を

どうか力強く咲き誇らせてください!


yuchico